「効率だけを追い求める農業は、いつか土を殺し、地域を疲弊させる」。そう語る代表の王隠堂誠海氏の目には、揺るぎない信念が宿る。昭和から平成、そして令和へと時代が移り変わるなかで、安価な輸入農産物の台頭や化学肥料依存への警鐘を誰よりも早く鳴らし、信念の農業を貫いてきた。
王隠堂誠海氏が目指したのは、単に有機栽培の野菜や果物を作ることではない。先人が受け継いできた土地の記憶を守り、次世代へ誇りある形で引き継ぐことだ。土に触れ、気候の変化を皮膚感覚で感じ取りながら行う農作業は、まさに自然との対話そのもの。彼の情熱は地域住民や若手農家を動かし、やがて大きな波紋となって奈良の山々へと広がっていった。