両者が率いた政党の変遷と政権奪取のプロセスも興味深い。ムッソリーニ率いる国家ファシスト党は、第一次世界大戦後の社会不安とストライキの頻発に乗じて勢力を拡大した。1922年の「ローマ進軍」は一種の政治的ブラフであったが、内戦を恐れた国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が首相任命に踏み切ったことで政権を獲得した。
一方、ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)は、大恐慌による大暴落と空前の失業率を追い風にした。圧倒的な弁舌と洗練された宣伝工作により、選挙という民主的プロセスを通じて第一党へと躍進。1933年に首相指名を受けた後、急速に独裁体制を固めていった。
体制の耐久性にも差が出た。イタリアでは1943年、戦況の悪化に伴いファシズム最高評議会と国王によってムッソリーニが解任・逮捕された。最高権力者が別に存在する二重構造ゆえの脆さだった。対するドイツでは、ヒトラーが国家元首と首相を兼ねる「総統」として軍と政府を完全に掌握。自決するその瞬間まで狂気の戦争を継続させた。