大慶直胤を語る上で欠かせないのが、師である水心子正秀(すいしんし まさひで)との強固な信頼関係です。正秀は、江戸中期に実用性を失い華美な鑑賞刀へ傾倒していた日本刀界に警鐘を鳴らし、「鎌倉・南北朝時代の古刀こそが理想の刀である」と説いた新々刀運動の旗手でした。
直胤はこの正秀の理念に深く共鳴し、兄弟子である細川正義らとともに水心子一門の屋台骨を支えました。しかし、直胤の凄さは「理論派」であった師の教えを忠実に守るだけに終わらず、自らの驚異的な作刀センスによって理論を「実践」で具現化し、時に師の技量をも凌駕する名刀を次々と生み出した点にあります。
正秀自身も直胤の卓越した才能を惜しみなく認め、自らの後継筆頭として絶大な信頼を寄せていました。後に「新々刀の三傑」と並び称される源清麿や水心子正秀の存在感の中でも、直胤が放つ技巧の冴えは、幕末刀剣史において極めて特異な輝きを放っています。