和田一浩のキャリアを語る上で欠かせないのが、西武ライオンズと中日ドラゴンズというスタイルの異なる2球団の双方で主軸として球史に残る実績を残した点です。プロ入り当初は伊東勤の壁に阻まれ捕手としての出場機会に恵まれませんでしたが、2001年後半から外野手へ本格転向すると才能が一気に開花。2002年には打率.319、33本塁打をマークし、一躍パ・リーグを代表する強打者へと名乗りを上げました。
西武時代はアレックス・カブレラや松井稼頭央らとともに圧倒的な破壊力を誇る重量打線の中核を担い、西武時代に通算175本塁打を記録。その後、2007年オフに国内FA権を行使して中日ドラゴンズへ移籍してからも、本拠地ナゴヤドーム(現バンテリンドーム ナゴヤ)という広大な球場をものともせず、2010年には打率.339、37本塁打、93打点でセ・リーグMVPと最高出塁率のタイトルを獲得しました。
中日移籍後も和田一浩 通算本塁打数はコンスタントに伸び続け、守り勝つ野球を標榜した落合博満監督のもとで「絶対に計算できる4番・5番打者」として君臨しました。広いナゴヤドームの逆方向(ライトスタンド)へ放り込む放物線は、まさに職人技と呼ぶにふさわしい技術の結晶でした。