華々しいキャリアを歩んできたように見える大森元貴ですが、思春期には深い孤独と葛藤を抱えていました。中学時代、彼は学校という集団生活の枠組みに違和感を抱き、不登校や保健室登校を経験しています。
当時の様子について、大森は複数のメディアで「周囲の同級生が楽しそうに話している話題にどうしても興味が持てず、教室に入ることが苦痛だった」と告白しています。毎朝ランドセルやスクールバッグを抱えながら足がすくみ、精神的な限界を迎えていた彼を救ったのは、家庭の中に確保されていた「逃げ場」でした。
この危機において、母親が見せた対応は極めて象徴的です。毎朝無理やり登校させようとするのではなく、学校に行けない大森に対して「元貴には音楽があるから大丈夫」「無理に学校へ行かなくても、自分の信じるものを作り続けなさい」と声をかけ続けました。世間体や義務教育の同調圧力を押し付けることなく、息子の尊厳を守り抜いたのです。
学校に行かない時間は、朝から晩まで自室にこもり、ひたすらLogicなどのDAWソフトに向き合って作曲を繰り返す日々でした。この濃密なインプットとアウトプットの時期があったからこそ、高校生にしてプロ顔負けのデモ音源を量産する基礎体力が完成しました。また、この田無第四中学校時代には、後にMrs. GREEN APPLEを結成するギタリスト・若井滉斗との出会いもありました。修学旅行の夜に部屋で語り合い、音楽を通じて心を通わせたというエピソードは、ファンの間でも語り草となっています。