「ミノタウロスの迷宮」は単なる空想の産物だったのでしょうか。この疑問に終止符を打ったのが、1900年にイギリスの考古学者アーサー・エヴァンズによって発掘されたクレタ島の「クノッソス遺跡」です。
発掘されたクノッソス宮殿は、当時の常識を覆す驚異的な構造を備えていました。丘の斜面を利用して建てられた宮殿は延べ床面積約2万平方メートル、部屋数は1500室以上に及び、複雑な4階建ての立体構造を誇っていました。直線の通路がほとんどなく、階段、曲がりくねった廊下、採光用の吹き抜けが複雑怪奇に入り組んでおり、初めて足を踏み入れた者が内部で方向感覚を失うのは確実な構造でした。
さらに言語学的な証拠も神話を裏付けています。ミノア文明で神聖視されていた「両刃の斧」は古代語で「ラビュリス(Labrys)」と呼ばれており、宮殿内の壁や柱の至る所にこの斧のシンボルが刻まれていました。つまり「ラビリンス」とは本来、「両刃の斧の館(クノッソス宮殿そのもの)」を指す言葉だったのです。ギリシャ本土から訪れた人々が、あまりにも巨大で入り組んだ宮殿を目撃し、その威容を「脱出不能な迷宮」として語り継いだことが判明しています。