カールの東日本撤退を巡っては「採算割れ」「工場老朽化」など様々な憶測が飛び交いましたが、その根本的な要因は売上の大幅な減少とスナック市場の構造変化にあります。株式会社明治の公式発表および決算データによると、カールの売上高は1990年代半ばのピーク時に約190億円を記録していました。しかし、2015年度から2016年度にかけての売上高は約60億円と、最盛期の3分の1近くまで落ち込んでいたのです。
売上低迷の背景には、競合するポテトチップスや新感覚スナックの台頭、さらには消費者の嗜好変化が挙げられます。カール特有の「歯に付きやすい」「手に粉が付く」といった特徴が、スマートフォンを操作しながら菓子をつまむ現代のライフスタイルの中で敬遠されがちになった点も指摘されています。市場シェアが縮小する中で、ブランド全体の収益性改善が明治社内における喫緊の経営課題となっていました。
カール生産終了の経緯において決定打となったのが、生産拠点の統廃合です。かつて全国5カ所の子会社工場で分散製造していた体制を見直し、グループ全体の生産効率化を図る中で、カールの製造は愛媛県松山市にある四国明治(松山工場)の1拠点のみに集約されることが決定しました。1つの工場から全国へ配送する場合、かさばるスナック菓子はトラックの積載効率が極めて悪く、長距離輸送による物流コストが利益を圧迫します。この物流面の物理的制約こそが、カールが東日本での販売中止に至った最大の理由です。