かつて世界のエアバッグ市場でトップシェアを誇り、名門として知られたタカタ株式会社。日本の自動車部品製造業を代表する存在だった同社が崩壊へ向かった最大の転換点は、コスト削減と小型化を優先して採用した硝酸アンモニウムという物質の選択にあった。
他社がより安全な代替物質へ舵を切るなか、リスクの指摘を軽視し続けた経営判断の誤りが事態を致命的なものにした。当時の最高経営責任者であった高田重久社長らの下で、初期の不具合データや内部からの警告が軽視された構造的課題は、後に熾烈な社会的批判を浴びることとなる。安全を最優先すべき製造業がコストと面目を優先した代償は、あまりにも大きかった。