「米俵(こめだわら)」という言葉は知っていても、現代の生活で稲わらで編まれた本物の米俵を目にする機会は、神社への奉納米や大相撲の土俵周り程度に限られています。実生活において農家や集荷場で見かけるのは、茶色いクラフト紙袋に入った米一袋30kgです。
なぜ60kgの米俵から30kg袋へと移り変わったのか。そこには農業現場の高齢化と労働環境の抜本的な改革がありました。厚生労働省の労働安全衛生指針では、人力で持ち上げる重量の目安として「体重のおおむね40%以下」が推奨されており、男性であっても常態的な60kgの持ち運びは重度の腰痛症や労災事故のリスクを伴います。兼業農家の増加や女性の就農比率向上に伴い、昭和40年代から50年代にかけて全国の農協や流通網で「30kg紙袋(半俵)」へのシフトが一気に進みました。
東北地方の米どころで30年以上営農を続ける男性農家は、取材に対して現場の移り変わりをこう証言しています。
「昭和の初め頃までは俵を2つ、3つ担ぐのが男の力自慢とされ、村の祭りでも『俵担ぎ』で競い合っていたと先代から聞かされました。しかし機械化とパレット輸送が進んだ今、60kgの俵を手作業で動かすなど現場では不可能です。30kg袋でも持ち上げるときは腰を落とし、フォークリフトや昇降機を使うのが常識になっています」
米俵の重さの歴史は、力自慢の象徴から作業者の安全と流通効率を最優先する規格化の歴史でもあったのです。