なぜこれほどまでに面積が狂ってしまう地図が、数百年もの長きにわたって世界中で重宝されてきたのでしょうか。その答えは、この地図が生まれた16世紀の大航海時代の背景にあります。
考案者はフランドル(現在のベルギー周辺)の地理学者・数学者であるゲラルドゥス・メルカトルです。彼が1569年に発表したこの地図は、地政学的な領土の広さを示すためのものではなく、命懸けで大洋を渡る船乗りたちのための実用的な航海図として設計されました。
メルカトル図法が持つ唯一無二の強みは、地図上の任意の2点を直線で結んだ際、その直線が経線となす角度(方位)が常に一定になる点にあります。この直線を「等角航路(航程線)」と呼びます。当時の航海士は、地図上に引いた目的地の直線の角度をコンパス(方位磁針)で合わせ、舵をその向きに固定して船を進めるだけで、確実に目的地へ到達できました。
大洋の真ん中で迷えば即座に死へと直結した時代において、距離が最短(大圏航路)ではなくとも「針路が狂わない」という信頼性は圧倒的な価値を持っていました。メルカトル図法は、航海の安全性を飛躍的に高めた人類史に残る大発明だったのです。