発端は、東西新聞社の大原社主が京極をもてなすため、海原雄山が主宰する会員制高級料亭「美食倶楽部」へ招いたことでした。そこで雄山が振る舞ったのは、見事な鮎の塩焼き。京極はその味を「天下一品や」と手放しで絶賛します。しかし、同席していた山岡士郎だけは「こんなものは本当にうまい鮎じゃない」と真っ向から否定し、雄山の怒りを買いました。
雄山が出した鮎は、都市近郊で獲れた泥臭い鮎を藁灰(わらばい)の上澄み水で洗って臭みを消すという高度な調理技術を施したものでした。技術の粋を凝らした逸品であることは確かでしたが、素材そのものの生命力や風味は損なわれていたのです。
後日、山岡は京極を呼び出し、高知県の清流・四万十川で獲れた天然の鮎を丸ごと揚げた「鮎の天ぷら」を振る舞います。一口食べた瞬間、京極の表情は一変。怒りを爆発させたかのように立ち上がり、あの伝説のセリフを叫びました。
「なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを……!」
怒聲の直後、京極の目からは大粒の涙がこぼれ落ちます。四万十川の苔の香りをたっぷりと蓄えた天然鮎のはらわたの苦味と甘みが、京極の貧しかった少年時代の記憶──故郷の川で泳ぎ、腹を空かせて食べた天然鮎の忘れられない味──を鮮烈に蘇らせた瞬間でした。素材本来の力と風土の記憶が、雄山の小細工を完全に凌駕した決定的瞬間です。