美輪さんが全国ネットのバラエティ番組や歌番組から姿を消していった契機は、2019年9月に発症した初期の脳梗塞にさかのぼります。当時、主演を務めていた舞台『愛の讃歌 ─エディット・ピアフ物語─』の公演期間中であり、東京公演の一部中止を余儀なくされました。病院へ緊急搬送されたものの、幸いにも発見が極めて早かったため、重篤な言語障害や重度の麻痺といった後遺症は回避されました。
退院後は驚異的な精神力でリハビリに励み、わずか数ヶ月後にはNHKのラジオ番組などで声の仕事を再開させました。しかし、2時間半にわたって全身全霊で歌い演じ切る舞台公演は、80代半ばを迎えていた肉体にとってあまりに過酷な負担でした。主治医との綿密な協議の末、「ファンの前で完璧な表現を提示できないのであれば、無理な舞台続行は控える」というプロフェッショナルとしての決断を下し、長年ライフワークとしてきた大規模舞台の休止を選択しました。
その後はテレビ番組への生出演を制限し、事前収録のナレーションやNHKラジオ第1『美輪明宏 薔薇色の日曜日』、自著の執筆など、声と言葉を届ける領域に活動をシフトしていきました。決して芸能界を引退したわけではなく、自らの体力低下を受け入れながら、表現者としての純度を保ち続けるための賢明な活動セーブだったのです。