動物病院の臨床現場で、愛猫の体型を不安視して来院した飼い主に対し、獣医師が「これは脂肪ではなく、立派なルーズスキンですね」と微笑みながら説明する場面は珍しくない。首都圏の動物医療センターに勤務する獣医師の臨床手記によると、下腹部のたるみを「肥満」や「腹部の腫れ」と誤認して健康診断に持ち込まれる症例のうち、実に約4割が病変を伴わない純粋なルーズスキンであるという。
この組織の学術的な呼称は「プライモーディアルポーチ(Primordial Pouch:原始的な袋)」。後肢の付け根から下腹部にかけて、皮膚がまるで一枚余っているかのように柔らかく垂れ下がっているのが最大の特徴だ。一般的な肥満であれば、背中から腰回り、胸元に至るまで均等に皮下脂肪がつき、体全体が丸みを帯びていく。対してルーズスキンの場合、背骨や肋骨の感触がしっかり確認できるスリムな体型の猫であっても、下腹部だけが独立してタプタプと揺れ動く。
「太っているわけではないのに、なぜお腹の皮だけが伸びているのか」――その答えは、数百万年におよぶネコ科動物の過酷な生存競争の歴史に刻まれている。野生のネコ科動物にとって、このたるみは生きるか死ぬかを分ける決定的な身体的アドバンテージであった。