暴力問題が表面的な直接の引き金であったとすれば、野球部消滅の構造的な根本原因は、母体であるパーフェクト リバティー教団(PL教団)の変容と学園の経営規模縮小にあります。
もともとPL学園野球部は、教団二代目教祖・御木徳近氏の「人生は芸術である」「スポーツを通じて教団の教えを広める」という強力なリーダーシップのもとで莫大な予算を投じて強化されてきました。教団信徒が全国から集まり、甲子園のアルプススタンドを人文字で埋め尽くしたマスゲームは、教団の結束と象徴そのものでした。
しかし、三代目教祖への交代や時代の変遷とともに、教団の信者数は最盛期から大幅に減少。それに伴い、かつて全国から集まっていた信者子弟の入学数も急減していきました。報道や各種調査データによると、PL学園中学校・高等学校の全校生徒数は激減し、学年によっては数名〜数十名規模にまで縮小。かつて選手たちが汗を流した広大な敷地や寮、関連施設の一部は使用されなくなり、建物の老朽化と維持費負担から校舎や施設の解体・整理が進められました。
学園の経営母体にとって、度重なる不祥事によって社会的批判を浴びる野球部は、もはや「教団の広告塔」ではなく「組織ガバナンス上の重いリスク」へと反転してしまったのです。学園幹部や教団首脳部が外部からの再建提案や監督受け入れを頑なに拒み続けた背景には、こうした宗教法人としての財政的・理念的な方針転換が存在していました。