なぜ全国に「幽霊坂」が多いのか?名前の由来と恐ろしい噂の真相を追究に関する主要な事実を詳しくまとめました。詳細な解説をご確認ください。

幽霊坂の名称を巡っては、興味深い言語的アプローチも存在します。その代表例が、明治期に初代文部大臣を務めた森有礼(もり ありのり)の屋敷に由来するという説です。

港区三田の幽霊坂沿い、あるいは近隣に森有礼の邸宅があったことから、人々が親しみを込めて「有礼坂(ゆうれいざか)」と呼び、それが同音の「幽霊坂」と重なって定着したという伝承が語り継がれています。

ただし、歴史研究の観点から見ると、江戸時代の地誌『御府内備考』などにはすでに「幽霊坂」の表記が存在しています。つまり、「もともと幽霊坂と呼ばれていた坂の近くに、偶然にも森有礼が居を構えたため、後から洒落として有礼坂の字が当てられた」というのが実態に近い真相です。江戸っ子特有の言葉遊びや駄洒落(地口)の文化が、地名の由来をより重層的で魅力的なものに仕立て上げた好例といえます。