旅立ちの日に誕生秘話!荒れた中学を救った奇跡の背景と歌詞の真実の総合ガイドをお届けします。専門的な知識が満載です。

「旅立ちの日に」が産声を上げたのは1991年(平成3年)3月のことでした。舞台となったのは、自然豊かな秩父連山を望む埼玉県秩父市立影森中学校です。

当時の影森中学校は、いわゆる学校荒れの波に飲まれていました。校内暴力や器物破損、生徒の無気力といった問題が山積し、教職員たちは頭を抱える日々が続いていたといいます。そんな学校を変えようと、1988年に着任したのが校長の小嶋登(こじま のぼる)氏でした。

小嶋校長が掲げたスローガンは「歌声の響く学校」。生徒たちのすさんだ心を癒やし、一つにまとめる手段として合唱の力を信じたのです。その想いに共鳴したのが、若き音楽科教諭の坂本浩美氏(現・高橋浩美氏)でした。

二人の熱心な指導により、生徒たちは次第に心を開き始め、校内に美しいハーモニーが響くようになりました。そして迎えた1991年春、小嶋校長は定年退職を迎えることになります。坂本教諭は「生徒たちの心を育ててくれた校長先生に、そして巣立つ卒業生たちに、一生忘れられない歌を贈りたい」と考え、小嶋校長に作詞を依頼しました。

当初「私には詩なんて書けない」と固辞していた小嶋校長でしたが、翌朝、職員室の坂本教諭の机の上には、一晩で書き上げられた一片の原稿用紙が置かれていました。そこに綴られていた温かい言葉に深く打たれた坂本教諭は、授業の合間や放課後のわずか15分ほどで、流れるようにあの感動的な旋律を書き上げたのです。