日本全国で広く親しまれている竹樋を使った「流しそうめん」と、鹿児島県民が親しむ「そうめん流し」の間には、明確な構造的・文化的な境界線が存在します。前者が上流から下流へ一方通行で麺を流す直線型であるのに対し、鹿児島スタイルは円形の透明水槽内に水流を発生させ、麺をエンドレスに旋回させる回転式です。
この回転式そうめん流しの歴史は、1962年(昭和37年)に遡ります。鹿児島県南部の開聞町(現・指宿市)に位置する唐船峡において、地元出身の発明家・井上広則氏が「湧き出る名水を活かして誰もが平等に涼を楽しめる装置はできないか」と考案したのが始まりでした。当時、竹を使った流しそうめんは「上流にいる人ばかりが麺を取り、下流の人は取り損ねる」という構造的弱点を抱えていました。井上氏はこの課題を解決するため、水圧を利用して渦を起こす円形回転樋を設計し、実用新案特許を取得したのです。
その後、町民や観光客に広く還元するため特許権が旧開聞町へと譲渡され、1967年に誕生したのが現在の指宿市営唐船峡です。国土交通省の「名水百選」第1号にも選定された京田湧水(1日約10万トン、水温約13℃)の圧倒的な冷たさと清冽さが、年間を通して冷たい麺を美味しく保つ物理的基盤となりました。現地自治体や観光協会の記録によると、唐船峡は年間約20万〜30万人前後の利用客を迎える南九州屈指の集客拠点へと成長を遂げています。