インターネット上のQ&AサイトやSNSでは、「紺屋の白袴は、能力がないことへの言い訳ではないか」「プロ失格をなじる言葉だ」という誤解が散見されます。
しかし、本来の語源的背景を検証すると、この言葉は決して職人の無能さを笑うものではありません。むしろ、「自らを顧みずに他人の注文に全力を注ぐほどの忙しさ」を前提としています。
また、対義語としては「絵描きの自画像」や「医者の養生」のように、専門知識を自身のためにフル活用する状態を指す言葉が挙げられます。自身を律して他者にも提供する姿勢が理想ではあるものの、現実の受託ビジネスにおいて「100%の自己投資」を両立させる難しさを、このことわざは端的に示唆しています。