いまや誰もが知る存在となった彼だが、その道のりは決して平坦なエリートコースではなかった。父は名優・中野英雄という俳優一家に生まれながらも、親の光 synchronous(七光り)に頼ることを固く拒んだ。10代の頃から自らの足でオーディションを受け続け、スターダストプロモーションで地道に役を勝ち取ってきた過去がある。
二世タレントというレッテルを跳ね返すために重ねた下積み時代。端役であっても現場に通い詰め、監督や先輩俳優の背中を貪欲に観察し続けた。父・中野英雄への尊敬を胸に秘めつつも、「仲野太賀」という個の役者として立つための泥臭い努力があったからこそ、いまの揺るぎない演技の骨格が作られたのだ。