2015年8月、当時の山健組や宅見組などが六代目体制の「弘道会偏重」と過度な上納金負担に反発して離脱し、神戸山口組を結成したことから始まった分裂劇。一時は双方が拮抗するかに見えた抗争は、10年以上の歳月を経て六代目側の圧倒的優位という形で事実上の決着局面を迎えています。
決定打となったのは、神戸側の最大戦力であった山健組の中田浩司組長派が離脱し、後に六代目山口組へ電撃的に復帰した事象です。これにより神戸山口組は中核戦力を喪失し、さらに池田組や絆會(旧・任侠山口組)の相次ぐ独立・分派によって内部崩壊が加速しました。
警察庁の統計データが示す通り、勢力比においては六代目山口組の一強状態が完全に再現されています。しかし、法的な「抗争状態」が終結したわけではなく、双方の解散・終結届が出されない限り、特定抗争指定に伴う「警戒区域内での5人以上の集合禁止」「事務所への立ち入り禁止」といった強烈な法的制約は解除されません。