瀬戸焼の長い歴史を紐解く上で、絶対に外せない二人の偉人がいる。一人は鎌倉時代に中国から施釉陶器の技術を日本へ持ち帰り、瀬戸焼の礎を築いた加藤四郎左衛門景正(藤四郎)だ。そしてもう一人が、江戸時代後期に九州・有田へと赴き、苦心の末に磁器製法を瀬戸へ持ち帰った「磁祖」加藤民吉である。
資料館や洞地区の展示を巡ると、民吉がもたらした緻密な染付磁器の技術がどのように職人たちへと伝播し、地域全体の瀬戸焼を世界的なブランドへと押し上げたのか、その熱いドラマの軌跡を克明にたどることができる。火と土の革新に挑んだ先人たちの執念が、静かな展示室から静かに立ち上ってくる。