ネット上の掲示板やSNSでは、「力道山の娘は巨額の遺産を引き継いで裕福に暮らしているのではないか」という根拠のない憶測が散見されます。しかし、力道山の遺族が直面した現実は、世間の華やかなイメージとは完全に真逆でした。
力道山が生前築き上げた帝国は、赤坂の「リキ・マンション」や渋谷の「リキ・スポーツパレス」、さらには相模湖畔の広大なレジャーランド開発構想など、数十億円規模に及ぶ大規模な事業投資の上に成り立っていました。しかし、その多くは多額の借入金で賄われており、突然の主の死によって莫大な借金と巨額の相続税が一挙に遺族へ押し寄せたのです。
当時、正妻であった田中敬子氏は、管財人や債権者との過酷な交渉に忙殺され、資産の大部分は債務弁済のために処分されました。手元に巨額の現金資産が残るどころか、日々の生活費を工面するために奔走する時期すらあったと、敬子氏自身が後の手記や回顧インタビューで赤裸々に告白しています。娘である浩美氏の生い立ちは、決して「財閥令嬢のような甘い環境」ではなく、昭和の英雄の死が生んだ重い影と現実的な苦難を乗り越える歴史そのものでした。