名曲『Let It Be』が生まれたのは、1968年秋のことでした。当時のザ・ビートルズは、まさに歴史的な崩壊のカウントダウンの真っ只中にありました。マネージャーであったブライアン・エプスタインの急死(1967年)以降、バンドの自律的な経営を目指して設立したアップル・コープスは巨額の赤字と放漫経営で大混乱に陥り、ビジネスの主導権をめぐってメンバー間の対立は修復不可能なレベルにまで達していたのです。
当時26歳だったポール・マッカートニーは、なんとかバンドを存続させようと必死にリーダーシップを執ろうとしましたが、その前のめりな姿勢がジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターとの軋轢をかえって深刻化させていました。ジョンはオノ・ヨーコとの活動に傾倒し、ジョージは自作曲の冷遇に不満を募らせてスタジオから一時脱退。スタジオ内には冷え切った空気が漂い、ポール自身も重度の不眠症に陥り、不安を紛らわせるために酒と薬物に溺れる過酷な精神状態へ追い詰められていました。
そんなある夜、ポールは不思議な夢を見ます。暗闇の中で彼のもとに現れたのは、ポールがわずか14歳のときに乳がんで他界した最愛の母親、メアリー・パトリシア・マッカートニーでした。看護師であり助産師でもあった母メアリーは、少年期に突然母を奪われたポールにとって、長年心の奥底に封印し続けてきた最大の痛恨の記憶でした。
ポールは後年の特番インタビューや自著『ポール・マッカートニー・ザ・ライリックス』の中で、当時の情景を鮮烈に振り返っています。夢の中の母メアリーは、優しく穏やかな表情でポールを見つめ、こう語りかけたといいます。
「It’s going to be OK. Just let it be.(大丈夫よ、すべてうまくいくわ。だから、そのままにしておきなさい)」
目が覚めた瞬間、ポールの胸を締め付けていた重圧と絶望は消え去り、言いようのない安心感と温かな涙が頬を伝いました。ベッドから飛び起きた彼は、その忘れたくない言葉を書き留め、すぐさまピアノの前に座ってコードを奏で始めました。こうして、音楽史に燦然と輝く名曲の骨格がわずか数時間のうちに生み出されたのです。