すべての物語は、鬱蒼とした森と険しい山々に抱かれた紀伊国(現在の和歌山県)から始まる。鈴木氏の祖先とされているのは、古代の豪族である穂積氏(ほづみし)だ。神話の時代に連なる物部氏の流れを汲む名門であり、その一派が熊野の地に土着したことがすべての起点となった。
名字の語源には、極めて象徴的な稲作信仰が息づいている。刈り取った稲穂を円錐状に積み上げたものを、古代の言葉で「ススキ(聖木・鈴木)」と呼んだ。神降ろしの儀式において、この稲の山に一本の木を立てて神を招いた祭祀の作法が、そのまま一族の名へと昇華したとされる。つまり「スズキ」とは、豊穣を祈る神職の誇りそのものだったのだ。
熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の神官職を務めた鈴木一族は、平安時代末期から全国へと熊野信仰を広める使者として旅立っていった。彼らが訪れた先々で神社を建立し、信徒を増やしていく過程で、その聖なる名前もまた各地へ根付いていくことになる。