歴史書『史記』における成蟜(長安君)の記述は、決して多くはない。紀元前239年、成蟜が趙を攻撃するために軍を率いて出撃したものの、屯留で反乱を起こし、最終的に鎮圧されて死亡したという無機質な事実が記されているのみだ。
史実では本当に彼自身の意志で反乱を起こしたのか、あるいは政敵によって追い詰められた結果だったのかは歴史の闇の中である。原泰久は、この数行の簡素な歴史的記録に見事な人間ドラマを吹き込んだ。『史記』の行間に隠された政治的思惑や陰謀、そして愛する者を守るための戦いという独自解釈を付け加えることで、歴史上の敗者を魅惑的な英雄へと昇華させたのである。