2007年、フランス・カンヌの地で審査員を驚嘆させたのは、作為的な劇伴や過剰な演出を削ぎ落とした、圧倒的な光と風の記録だった。監督・河瀬直美は、故郷である奈良の雄大な自然を舞台に、人間が背負う逃れられない宿命をフィルムに焼き付けた。ドキュメンタリー出身の彼女が貫く手法は、台本を演じさせるのではなく、その土地で登場人物として呼吸させるという過酷かつ純粋なアプローチだ。
木々を揺らす風のざわめき、突如降り注ぐ夕立の冷たさ、濡れた土を踏みしめる靴音。アート系映画としての美学を極限まで研ぎ澄ませた本作は、映画館の暗闇を森そのものへと変容させた。技巧に頼ったドラマツルギーを捨て去り、ありのままの自然と人間の息遣いを捉え切ったリアリズムこそが、国境や文化を越えて人々の心を揺さぶった最大の要因である。