では、なぜ切り取られたシーンで輪郭が崩れて見えたのでしょうか。問題の場面は、名付けの宴で男たちに侮辱されたかぐや姫が、絶望と怒りに任せて十二単を脱ぎ捨てながら月夜の都を駆け抜ける伝説の逃走シーンです。
高畑勲監督はこのシーンにおいて、正確な形態模写ではなく「感情そのものを線で描く」という前代未聞の作画方針を貫きました。走るスピードが上がるにつれて背景の輪郭は溶け、かぐや姫の顔や身体のデッサンは激しく歪んでいきます。これは作画の破綻ではなく、主人公の張り裂けんばかりの内面世界を映像化するための、高度に計算されたエモーショナルな演出でした。
人物造形・作画設計を担当した田辺修氏をはじめとするトップアニメーターたちは、動画用紙の上に荒々しい木炭や鉛筆のタッチをそのまま残す手法を採用しました。あごや頬のラインが鋭く歪んで見えたのは、固定化された美しいお姫様像をかなぐり捨て、むき出しの生命力と狂気を画面に焼き付けた結果なのです。