寺伝によれば、大谷寺の本尊である大谷磨崖仏(大谷観音)は、弘仁元年(810年)に空海(弘法大師)が一夜にして岩山に彫り上げたものと語り継がれてきた。当時、この地には毒水を撒き散らす毒蛇が住み着き、人々を苦しめていたが、空海がその霊力で退治し、代わりに岩壁へ仏を刻んだという伝承だ。
だが、近年の美術史研究や科学的調査が明かした実像は、一人の傑僧による奇跡譚を超えた広大な東西文化の交流史を物語っている。本尊である千手観音菩薩の優美な衣の襞や面相の彫法を精査すると、中央アジアのバーミヤン石窟や中国・唐代の磨崖仏・仏教美術との驚くべき類似点が浮かび上がる。唐から帰国した渡来僧や石工集団が下野の地に直接もたらした技術ではないかという説が、今や有力な学説として定着しつつある。シルクロードの終着点が、まさにこの北関東の巨大な石の洞窟の中に息づいているのだ。