病院での精密検査の結果、下された診断はあまりにも残酷なものでした。「左膝前十字靭帯断裂」「左膝内側側副靭帯断裂」「外側半月板損傷」、さらには関節包の破壊を伴う左膝完全脱臼。関節を構成する主要な靭帯がほぼ全滅した状態であり、当時の国内医療水準では「再びプロ野球選手としてグラウンドに立つことはおろか、日常生活で普通に歩行できるかどうかも危うい」と宣告されるほどの壊滅的な重傷でした。
選手生命の終わりを予感させる絶望的な状況下で、吉村はわずかな可能性に賭けて海を渡ります。向かった先は、数々のメジャーリーガーを救ってきたスポーツ医学の世界的権威、フランク・ジョーブ博士(Dr. Frank Jobe)のもとでした。
ジョーブ博士の執刀によって複数回に及ぶ大規模な再建手術が行われ、腱の移植や関節の補強が施されました。術後のリハビリは、想像を絶する激痛との戦いでした。曲がらなくなった膝を力づくで曲げるリハビリに悲鳴を上げながらも、吉村は「もう一度、巨人のユニフォームを着て打席に立つ」という一念だけで耐え抜きました。1年以上の過酷な空白期間を耐え忍んだ精神力は、チームメイトや医療スタッフをも驚嘆させるものでした。