日本映画界とテレビドラマの黄金期を肉声で支え続けた西田敏行の訃報は、列島に底知れぬ喪失感を与えた。卓越したアドリブと圧倒的な包容力で『釣りバカ日誌』や数々の大河ドラマを国民的娯楽へと昇華させた名優は、カメラの外でも重責を背負い続けていた。
彼が理事長を務めた日本俳優連合での活動は、表現者の労働環境改善に向けた命懸けの闘いだった。声優や舞台俳優の権利擁護、適正な報酬体系の構築に心血を注いだ西田の背中は、日本映画監督協会をはじめとする業界団体にも強烈な刺激を与えた。病と闘いながら撮影現場に立ち続けた晩年、彼が周囲に漏らしていた「役者は生身の人間を演じるのだから、現場も人間的でなければならない」という言葉は、今も関係者の胸に深く刻まれている。