住友の歴史は、二人の天才的な男の出会いから始まった。一人は、思想的祖とされる住友政友。仏門に入り涅槃宗の僧侶として生きた後、京都で書籍・薬種商「富士屋」を開いた人物だ。政友が遺した『文殊院旨意書』には、「商売においては正直を第一とし、決して目先の浮利を追ってはならない」という厳格な戒めが記されている。これが今なおグループ全社で唱和される根本精神となった。
もう一人の立役者が、政友の義弟にあたる蘇我理右衛門である。彼は南蛮人(西洋人)から革新的な冶金技術を学び取った技術者だった。当時、日本の粗銅には微量の銀が含まれていたが、それを分離する技術がなかった。理右衛門が編み出した「南蛮吹き(抜銀法)」は、鉛を使って銅から銀を効率よく抽出する画期的な技術ブレイクスルーであり、住友家を瞬く間に日本屈指の銅商へと押し上げた。
哲学を授けた住友政友と、技術と富をもたらした蘇我理右衛門。この「文と武」「思想と技術」の類まれな融合こそが、住友という巨大樹の根幹となったのだ。