1990年代、菊池常利はフォークデュオ「LA-LA Deux」を結成し、音楽業界の荒波へと漕ぎ出した。メジャーデビューを経て、彼のもとに舞い込んだ大きな転機が、嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」への作詞提供(J&T名義)だった。この楽曲が社会現象となり、J-POP史に刻まれるアンセムとなった裏側で、生活の激変に動じることなく家庭を守り抜いたのが妻の存在である。
アーティストの創作活動には、孤独や葛藤がつきまとう。曲が生まれる瞬間の歓喜も、スランプの苦しみも、彼女は一番近くで共有してきた。派手な成功に浮き足立つことなく、常に日常の営みを大切にする妻の姿勢があったからこそ、常利は地に足をつけた音楽活動を継続できたに違いない。