教団側にとって、著名人の獲得は極めて費用対効果の高いプロパガンダだった。信者獲得の現場で「あの有名人も信者です」「清純な彼女が選んだ道だから間違いない」という言葉が、どれほど強烈な説得力を持ったか。名声そのものが、疑念を抱く入信希望者や高額な壺・多宝塔の購入に躊躇する被害者への強力な「目眩まし」として機能したのだ。
アプローチは計算され尽くしていた。身内や親しい知人を通じて接近し、タレント特有の人間関係の軋轢や、将来への不安、体調不良といった弱みを聞き出す。そこへ「先祖の因縁」を絡めた教義を少しずつ浸透させていく。一度信用させてしまえば、あとは教団のイベントや出版物に登場させるだけで、巨額の宣伝費をかけずに組織のクリーンなイメージを捏造することができた。有名人自身が純粋な救いを求めていたとしても、組織から見れば極めて冷徹なマーケティング戦略の駒に過ぎなかった。