暗殺を最も恐れているのは、他ならぬ指導者自身です。その恐怖が極めて凶悪な形で具現化したのが、2017年2月13日に発生した金正男暗殺事件でした。マレーシアのクアラルンプール国際空港(KLIA)において、金正日の長男であり自身の異母兄にあたる金正男氏が、2名の外国人女性によって猛毒の神経剤「VX」を顔面に塗布され、わずか数十分で命を奪われた事件です。
白昼堂々の国際空港で化学兵器を使用するという常軌を逸した凶行の背景には、中国や欧米諸国による「金正男を担いだ傀儡政権樹立構想」を芽のうちに摘み取ろうとする、指導部の極端な防衛本能がありました。自身の座を脅かしかねない血縁者を冷酷に消し去る姿勢は、権力基盤の脆弱さと暗殺に対する強迫観念を世界に露呈させました。
こうした暗殺の恐怖から指導者を守る中核組織が、約10万人規模の兵力を誇る護衛司令部です。最高指導者の身辺警護は三重・四重のリングで構成され、次のような徹底した保安措置が日常的に講じられています。
- 全方位の身体検査と家系調査:護衛司令部の兵士は、党への忠誠心が証明された特権階級の出身者から厳選され、数世代にわたる家系調査を経て配置される。
- 電波遮断と移動欺瞞:専用車両での移動時には複数のダミー車両を同時に走らせ、ドローンや電波誘導兵器を無力化するための強力なジャミング電波を常時発信。
- 食毒検査と専用設備:口にする食材や水、さらには煙草に至るまで専門の研究所で厳密な毒物検査が実施され、排泄物すら健康状態を国外諜報機関に分析されないよう専用車で回収される。
デイリーNKジャパン編集長の高英起氏をはじめとする北朝鮮情勢の専門家たちも指摘するように、この鉄壁の防護体制を外部から破ることは至難の業であり、暗殺の危機があるとすれば「内部からの崩壊」以外に考えにくい構造が作り上げられています。