金田氏の代名詞といえば、打者の手元でホップするような剛速球と、縦に鋭く落ちる大きなカーブです。スピードガンが存在しなかった時代でありながら、対戦した打者や捕手たちの証言から「球速160キロを優に超えていたのではないか」と語り継がれています。
特に有名なのが、1958年の開幕戦における長嶋茂雄氏との対決です。鳴り物入りで巨人に入団したゴールデンルーキーに対し、金田氏はすべて空振りの4打席連続三振を奪い、プロの洗礼を浴びせました。長嶋氏自身も後年、「カネさんのボールは唸りを上げて手元で伸びてきた」と振り返っています。
その豪速球を支えたのは、人並み外れた練習量と独自のコンディショニング理論でした。まだプロ野球界に食事管理の概念が乏しかった昭和初期から、自ら食材を厳選して鍋料理で栄養を補給し、遠征先にも専属のトレーナーを帯同させていました。スパイクの刃の減り具合をミリ単位で調整するなど、道具や肉体に対する徹底したこだわりこそが、伝説を生み出す原動力だったのです。