この報道がもたらした最大の余波は、近藤真彦と公然の交際関係にあった中森明菜の存在でした。当時、中森明菜と松田聖子は80年代歌謡界の「二大歌姫」として常に比較され、熾烈なトップ争いを繰り広げていたライバル同士です。
恋人である近藤真彦と、最大のライバルである松田聖子の密会報道は、中森明菜の精神に計り知れない衝撃を与えました。報道からわずか5か月後の1989年7月11日、中森明菜は近藤真彦の自宅マンション内で命を絶とうとする深刻な自傷事故を起こします。一命はとりとめたものの、世間は近藤真彦に対する激しいバッシングへと傾斜していきました。
そして同年12月31日、紅白歌合戦の裏で行われたのが、芸能史に刻まれる「金屏風会見」です。通常は婚約発表などに用いられる金屏風の前に中森明菜と近藤真彦が並び、明菜が騒動を謝罪する異様な光景は、現在もなお多くの謎と語り草を残す出来事となりました。