当時の日本の音楽業界は、CD売上枚数が数百万枚単位で動く狂乱の時代であった。山下久美子が初期に在籍し昭和の芸能界を牽引した渡辺プロダクションをはじめとする大手プロダクションのパワーバランスや、後に今井や布袋の数々の名盤を世界に送り出すことになるユニバーサルミュージックといったレコード会社のマーケティング戦略も、アーティストたちの人間模様と複雑に絡み合っていた。
スキャンダルという大きな試練に直面しながらも、質の高い音楽作品が生み出され続け、それがビジネスとして莫大な数字を叩き出した背景には、レコード会社や事務所の緻密なメディアコントロールと、何よりも作品そのものが持つ絶対的な強度があったと言える。