二人の出会いは1960年代、舞台や映画での共演に遡る。当時、朝丘雪路は医師と一度結婚していたものの、すれ違いの末に離婚へ向かっていた。そこに猛烈なアタックを仕掛けたのが、若き日の津川雅彦だ。プレイボーイとして名を馳せ、日活や東映のスクリーンで尖った色気を振りまいていた津川にとって、朝丘の持つ無垢な気品は生涯追い求めるべき「究極の女性像」だった。
「僕が彼女を一生守る」。その情熱は周囲の反対を押し切り、1973年の結婚発表へと結実する。美男美女のビッグカップル誕生に列島は沸いたが、それは同時に、昭和芸能界でも屈指の波乱に満ちた結婚生活の幕開けでもあった。