相撲界の序列と伝統を根底から揺さぶった男の原点は、日本大学相撲部にあった。学生横綱に輝き、鳴り物入りで花籠部屋へ入門した輪島大士は、幕下付け出しからわずか14場所で大関、そして3年半で横綱へと駆け上がる。叩き上げ至上主義が根強かった当時の角界において、この猛スピード出世は異例中の異例だった。
彼を頂点へと押し上げた最大の武器、それが「黄金の左」と恐れられた左下手投げだ。相手の懐に潜り込み、左腕を深く差して強烈に絞り上げる。一度その万力のような腕力でロックされれば、並み居る巨漢力士たちも成す術なく土俵に転がされた。型破りなのは取り口だけではない。従来の力士像を嘲笑うかのように高級外車を乗り回し、夜の街へと繰り出す姿は、大相撲に新しい時代の風を吹き込んだ。