江戸しぐさが単なる言い伝えではなく「悪質な偽史」と断定された背景には、徹底的な文献批判と時代考証を行なった歴史研究者たちの追及がありました。中でも決定的な役割を果たしたのが、偽史・古史古伝研究の第一人者である原田実(はらだ・みのる)氏による批判です。原田氏は著書『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』などで、その矛盾を論理的・実証的に暴き出しました。
原田氏らの指摘によって白日の下に晒された「江戸しぐさが嘘である理由」は、主に以下の3点に集約されます。
第1に、言語学的・概念的な時代錯誤(アナクロニズム)です。江戸しぐさの信奉者たちが提唱する「時泥棒(アポイントなしの訪問を戒める)」「三割の自己主張」「プライバシーへの配慮」といった概念は、完全に近代以降、とりわけ高度経済成長期以降のビジネス社会で生まれた感覚です。時計が不定時法(日の出から日没までを等分する制度)であり、時刻を厳密に分単位で管理していなかった江戸時代の町民生活に「時間泥棒」という概念が存在し得ないことは明白です。
第2に、長屋生活の実態との致命的な矛盾です。江戸の町民の約8割は、壁一枚で隣家と仕切られた長屋に暮らしていました。プライバシーなどほとんど存在せず、井戸端や長屋の共同体で密接に関わり合って生きていた庶民に対し、「互いの素性を詮索しない」「人前で素性を明かさないのが江戸っ子の粋」といった設定を当てはめるのは、歴史的事実の歪曲以外の何物でもありません。
第3に、身体技法の危険性・非合理性です。名物作法とされる「傘かしげ」は、現代の洋傘と異なり、油紙と竹骨で作られた重い和傘を雨天時にすれ違いざまに傾ける行為を指しています。当時の狭い江戸のぬかるんだ路地で大きな番傘を傾ければ、傘の雫が相手の足元や着物の裾にかかり、かえってトラブルの原因になります。歴史学者の間では「江戸時代の作法ではなく、昭和の舗装道路と洋傘の普及後に想像された創作」と断じられています。