1980年夏、阪神甲子園球場。1年生投手としてマウンドに立った姿は、瞬く間に日本中の関心を集めた。早稲田実業学校高等部のエースとして甲子園に5大会連続出場を果たした偉業は、高校野球の歴史に燦然と輝く。試合が開催される日は球場周辺に長蛇の列ができ、都営バスや警視庁が特別な警備態勢を敷くほどの熱狂だった。
当時のテレビ番組やスポーツ誌では、連日のように「甲子園フィーバー特集」が組まれた。彼の髪型や一挙一動を若者が模倣し、空前の社会現象となる。しかし、本人の本質はどこまでも泥臭いハードワーカーだった。熱狂的なスポットライトの裏側で、彼は誰よりも過酷な練習を重ね、制球力とマウンド度胸を磨き上げていたのだ。