首のしこりを触診する際、極めて重要な臨床情報となるのが「首のしこりと痛みの有無」です。一般に、首の腫れに伴う痛みは病態の活動性や炎症の度合いを色濃く反映しています。
首元に触れるだけで飛び上がるような強い痛みや圧痛があり、唾液を飲み込むだけで耳の奥まで突き抜けるような放散痛がある場合、第一に疑われるのが亜急性甲状腺炎の症状と経過です。この疾患は上気道炎(風邪)に先行して発症することが多く、甲状腺の組織が炎症を起こして一時的に破壊されます。高熱を伴うことも珍しくなく、甲状腺が板のように硬く腫れ上がるのが特徴です。痛みは数日から数週間かけて右側から左側へ移動する「移動性の疼痛」を示すケースも見られます。放置しても2〜3ヶ月程度で自然軽快することが多いものの、強い痛みを我慢する必要はなく、副腎皮質ステロイドや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)による早期の鎮痛・消炎治療が劇的な効果をもたらします。
一方、注意を要するのは「まったく痛みを伴わない腫れ」です。バセドウ病や橋本病、さらには甲状腺腫瘍の多くは、初期段階において局所の痛みをほとんど発症しません。「痛くないから大したことはない」と過信してしまう心理的バイアスこそが、病態の発見を遅らせる要因となっています。痛みがないまま首全体がふっくらと腫れてくる、あるいはクリッとした硬いしこりが徐々に大きくなっている場合は、代謝機能の異常や腫瘍性病変を視野に入れた精密な鑑別が不可欠となります。