2000年代後半以降、全国ネットの番組で見かける機会が減るにつれ、視聴者の間では様々な憶測が飛び交った。「干されたのではないか」「業界の重鎮を怒らせたのではないか」といった根拠のない噂も少なくない。しかし、その背景にあったのはもっとシンプルで、人間的な理由だった。
20代から30代前半にかけて、睡眠時間を削りながら東京で多忙を極める日々を送り続けた結果、心身の摩耗は限界に達していた。多忙のあまり自分自身を見失いそうになる中で、彼が下した決断は「原点への回帰」だった。東京の芸能界という巨大な消費システムの中で消耗し続けるのではなく、生まれ育った地元・名古屋に生活と仕事の拠点を戻すこと。それは芸能界からの逃避ではなく、自らの人生の主導権を取り戻すための積極的な選択だったのだ。