加藤登紀子と赤軍の真実|夫・藤本敏夫との獄中結婚と激動の昭和史

加藤登紀子と赤軍の真実|夫・藤本敏夫との獄中結婚と激動の昭和史

加藤登紀子と赤軍の真実|夫・藤本敏夫との獄中結婚と激動の昭和史にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

加藤登紀子さんの人生を大きく決定づけたのが、元全学連(三派全学連)委員長を務めた藤本敏夫氏との出会いでした。同志社大学から学生運動に身を投じ、卓越した統率力と言動で数万人を動員した藤本氏は、防衛庁突入事件や羽田闘争などを首謀した容疑で逮捕され、激しい法廷闘争を続けていました。

二人の出会いは1968年、加藤さんが学生運動の救援集会に招かれた際、控室にいた藤本氏と言葉を交わしたことがきっかけでした。知性と野性を併せ持つ彼に強く惹かれた加藤さんは、多忙な芸能活動の合間を縫って拘置所への面会を重ね、深い絆を育んでいきます。

1972年、藤本氏の実刑判決が確定し、中野刑務所に収監されることが決まります。この時、加藤さんのお腹にはすでに新しい命(長女)が宿っていました。世間や芸能界からは「人気歌手のキャリアが完全に終わる」「犯罪者の妻になるなど言語道断」と猛烈なバッシングを受けましたが、彼女の決意は揺らぎませんでした。同年5月6日、中野刑務所の面会室で婚姻届を提出する「獄中結婚」を断行したのです。

世間が好奇の目で見たこの決断の根底にあったのは、単なる同情やスキャンダリズムではなく、「どんな逆境にあっても、自分の心に嘘をつかず、愛した人間と共に生き抜く」という彼女の一貫した覚悟と美学でした。

田中 結衣
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田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。