甲斐の国とは現在のどこ?武田信玄の拠点から山梨県誕生の歴史を徹底解剖

甲斐の国とは現在のどこ?武田信玄の拠点から山梨県誕生の歴史を徹底解剖

甲斐の国とは現在のどこ?武田信玄の拠点から山梨県誕生の歴史を徹底解剖について見逃せない ポイントを分かりやすく解説いたします。

武田信玄の時代、甲斐国が戦国最強の一角と呼ばれるまでに成長した理由は、優れた軍事指揮だけでなく、徹底した領国経営にありました。信虎・信玄父子は本拠地を石和から現在の甲府市へと移転し、居館として「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた/現・武田神社)」を整備しました。これに伴い、「甲斐の府中(中心地)」を意味する「甲府」という地名が誕生し、計画的な城下町の建設が進められました。

信玄の統治で特筆すべきは、「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」という言葉通り、巨大な天守閣を持つ平山城を築かず、平城である居館と家臣団の結束、周囲の山岳要害を巧みに防衛網へ組み込んだ点です。さらに、氾濫を繰り返していた釜無川と御勅使川の合流点に大規模な堤防「信玄堤(しんげんづつみ)」を築くなど、画期的な治水事業によって新田開発を成功させ、安定した農業生産基盤を確立しました。

吉田 誠
Author

吉田 誠

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。