長らく政治や経済の動向が中心であった日本近世史の領域において、近年この象ブームをめぐる歴史学の再評価が急速に進んでいる。単なる「珍しい出来事」という枠組みを飛び越え、異文化との接触が地域社会や庶民の精神構造に与えた影響を分析する研究が盛んに行われているのだ。
街道沿いの宿場町に残された民間の日記や村方文書を丁寧に読み解くことで、名もなき人々が異国の巨獣に対して抱いた恐怖、驚き、そして親近感のグラデーションが鮮明になってきた。かつて「閉ざされた時代」と一括りにされがちだった江戸時代のイメージは一変し、人々が極めて柔軟かつ貪欲に異文化を咀嚼していた現実が浮き彫りになっている。