今注目を集めている 『記憶の固執の崩壊』ダリが名作時計をバラバラに破壊した核と魂の真相について、多角的な視点をご紹介しています。

1931年、当時27歳だった青年画家サルバドール・ダリは、わずか24.1 × 33 cmという小さなキャンバスに『記憶の固執』を描き上げました。故郷カタルーニャ地方のカダケスの海岸を背景に、強固であるはずの懐中時計がぐにゃりと軟化する光景は、心理学者ジークムント・フロイトの精神分析理論に影響を受けた「偏執狂的・批判的(パラノイアック・クリティカル)方法」の結晶であり、瞬く間に彼を時代の寵児へと押し上げました。

しかし、その均衡を根底から覆す決定的な出来事が起きます。1945年8月の広島・長崎への原爆投下です。自著や当時の手記において、ダリは「ヒロシマの原爆投下は私の魂を根底から揺さぶり、私の偏執狂的関心は心理学から物理学へと完全に移行した」と告白しています。目に見える強固な物質が、微小な原子の運動と莫大なエネルギーの塊にすぎないという物理学の現実は、画家に強烈な衝撃を与えました。

1951年に『神秘主義宣言(Manifeste Mystique)』を発表したダリは、1952年から1954年にかけてニューヨークのカーステアズ・ギャラリーでの初公開を目指し、あの溶ける時計の風景を「再訪」します。それが『記憶の固執の崩壊』の本格的な制作経緯でした。かつて自らの無意識を描いたカンバスを、原子物理学のレンズを通して解体し、物質の真理を暴き出そうとした試みです。