吉川晃司の若い頃は無敵の暴れん坊 | かっこいい有名人研究所

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では、そんな吉川晃司さんの経歴はどうだったのでしょうか。

出身校

吉川晃司さんは、広島県出身。

小学校は、地元の府中町立府中小学校でした。

そこから広島では名の知られた進学校である修道中学校を受験し、合格しました。

この修道中学校、偏差値63とも言われる難関校。

吉川晃司さんは、頭が良かったみたいですね。

ところが中学に入ると、早々に落ちこぼれてしまいます。

しかし偶然から始めた水球で、みるみるその頭角を現した吉川晃司さん。

その後は高校へと進学し、そこでも水球の選手として活躍しました。

ところが、その高校も音楽の道に進むために中退。

水球の選手としての活躍から、特待生として大学進学の道もありましたが、吉川晃司さんはあえて夢を選んだのです。

今も昔も己の道を進む吉川晃司さんは、とてもかっこいいですね。

水球部で活躍した

中高生の時の吉川晃司さんは、水球で大活躍する選手でした。

それまではサッカーをやっていたそうですが、修道中学に入ったその年の夏に偶然から水泳部に入部することに。

そのことについて、吉川晃司さんはインタビューで以下のように語っています。

「もともとサッカーをやっていたけど、暑い日、プールがきらきら輝いて見えてね。誰もいなかったんだよ。男子校だから、海パンなんて落っこってて、そのままはいて水に漬かってたわけよ。そうしたら中高6年制だったから、高校生の主将がちょうど来ちゃって。『お前、何しとんじゃ!』『今日から水泳部!』と」
出典:https://www.nikkansports.com/

何とも突然な始まりだったみたいですね。

元々恵まれた体格をしていたこともあってか、吉川晃司さんは水球選手として才能を発揮していきます。

なんと、肺活量は7,000ccもあったそうです。

きっと女子にもモテモテだったと思われます。

男子校じゃなかったら、ファンクラブあったかも知れませんね。

水球選手として、全国的にも有名な選手となった吉川晃司さん。

一年の時には世界ジュニア水球選手権大会の日本代表になり、2年連続で全日本高校最優秀選手にも選ばれています。

高校二年生の時には、U-20日本代表の最年少選手として抜てき。

最年少日本代表としてイタリア・エジプト遠征にも参加しました。

しかし、そこで世界の壁にぶつかったのです。

「外国には100キロの選手がざら。(元プロレスラーで親友の)前田日明さんを背負って水の上で受けるみたいな感じですよ。前田7人はやめてと。想像を超えてますよね」
出典:https://www.nikkansports.com/

鍛えた逆三角形の上半身から、「便所のマーク」というあだ名をつけられていた吉川晃司さん。

ですが、そんな彼でももっと筋骨隆々の「ギリシャ彫刻」のような外国人選手達には面食らったと言います。

そして、吉川晃司さんは水球を諦めることになりました。

吉川さんほどの人でもそう思えるほど、世界の壁は厚く高かった、ということでしょう。

今でもプールで泳ぐことがある、という吉川晃司さん。

音楽ではなく水球の選手として世界を目指した姿を、見たかったような気もします。

バンドを組んでいた

高校時代、水球と平行してバンド活動を行なっていた吉川晃司さん。

きっかけは、同じ水泳部だった酒井麿に誘われたことだったそうです。

EIGHT CITY’S FISH BAND( 通称:はまちバンド)での吉川さんの担当は、サイドギターとボーカル。

オリジナル曲は4曲と少なかったのですが地元を中心に自主コンサートを行い、コンテストにも出場しています。

吉川さんの歌唱力、ルックス、パフォーマンスは求心力があり、いつもコンサートは盛況だったそうですが、バンドメンバーの音楽の好みがバラバラだったため、徐々に低迷。

そんな中、高校2年生の時に佐野元春のコンサートを見てカルチャーショックを受けた、吉川晃司さん。

そこから音楽で生きていこうと決意したのです。

まだ若い頃から、ミュージシャンとしての素質を覗かせていた吉川晃司さん。

強烈な個性が魅力でもありますが、バンドが続いていたなら、また違った吉川晃司の音楽が聴けていたのかも知れませんね。

俳優活動もしている

ミュージシャンとして人気の吉川晃司さんですが、俳優活動もしています。

俳優としての最初の活動は、「すかんぴんウォーク」という1984年の映画でした。

しかも初にして主演!主題歌も吉川さんが歌っています。

その後も『ユー・ガッタ・チャンス』『テイク・イット・イージー』など、立て続けに映画に出演。

しかし、音楽に集中するため、一度は俳優業を封印しました。

再び吉川晃司さんが俳優として復活したのは、2000年の「漂流街」です。

ここで演技が注目され、再び俳優としての活動も活発に行なうようになりました。

この時に

存在感が凄すぎて気軽な役には使えない。特別な役にもってこいな人。

という評価を監督からいただいている、吉川晃司さん。

音楽だけではなく、多くの才能を持っているのですね。

2009年の大河ドラマ『天地人』の織田信長役では、女性視聴者からの問い合わせが殺到したと言います。

ルックスの良い吉川晃司さんらしいエピソードですよね。

とはいえ、演技も素晴らしかったからこその反応だというのは言うまでもありません。

2010年には映画ですが、なんと「仮面ライダー」にも出演。

「ハードボイルドを体現できる人物」としてオファーされたと言います。

映画での出演が多かった吉川さんですが、2026年の「探偵・由利麟太郎」では、地上波連続ドラマ初主演を務めました。

その他にも、様々な作品に出演している吉川晃司さん。

ルックスだけではなく、年齢を重ねた男の渋さ、と言いますか、なんとも言えない魅力で視聴者の目を釘付けにしています。

池田 達也
Author

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。