マウイイワスナギンチャクの毒素に曝露した場合、臨床現場で直面する最も過酷な現実は「確立された解毒剤(抗毒素血清)が一切存在しない」という事実です。
経皮吸収(傷口や粘膜からの侵入)、エアロゾル吸入、あるいは誤食(毒化魚類の摂取)のいずれであっても、パリトキシン中毒の進行速度は極めて迅速です。体内に入った毒素は骨格筋や心筋の細胞を急速に破壊し、やがて筋組織が融解して血液中に大量のミオグロビンが流出する「横紋筋融解症」を併発します。
患者の尿はコーラのような赤褐色(ミオグロビン尿)へと変わり、破壊された筋成分が腎臓の微細なろ過フィルターを物理的に目詰まりさせ、急性腎不全へと直結します。さらに、細胞から漏れ出したカリウムによって致死的不整脈が誘発され、心停止に至るリスクが極限まで跳ね上がります。
現在の医療体制における治療アプローチは、徹底した対症療法と全身管理に限定されます。
集中治療室(ICU)において人工呼吸器による呼吸管理を行い、大量輸液と利尿薬の投与によって腎臓の壊死を防ぎつつ、必要に応じて持続的な血液透析(CHDF)を導入して血中毒素とミオグロビンを体外へ強制排泄します。初期の血管攣縮に対して血管拡張薬(パパベリンやニトログリセリンなど)が実験的に投与されるケースもありますが、破壊された細胞構造を元に戻す特効薬ではないため、患者自身の体力と集中治療の維持管理のみが生死を分ける戦いとなります。