尾崎紀世彦が体調の異変を自覚し始めたのは、逝去の数年前に遡る。精密検査によって肝臓がんと診断された後も、彼は周囲に心配をかけることを極度に嫌った。親しい音楽関係者や仕事仲間に対しても病状を伏せ、限られた家族と医師のみがその過酷な現実に立ち会っていたという。
ステージ上での堂々たる立ち居振る舞いとは裏腹に、私生活では繊細で無駄な詮索を避けた尾崎。抗がん剤治療や入退院を繰り返すなかでも、自身のプロポーションや声のコンディション維持に気を配り、決して「同情される表現者」に成り下がることを拒んだ。その徹底したプライベートの防衛が、結果として一時期の「失踪騒動」を生む引き金にもなったが、それこそが彼なりのダンディズムだった。